ダイエット記録

【ダイエット体験談】私はこうして太った!-25㎏減量とリバウンドの闇


引きこもりのデブスがアラサーを前に、ぼちぼち痩せようというブログです。

まずは私のデブ歴について先に語らせてください。

どうやって引きこもりデブスが完成したのか、デブになるまでの歴史、-25㎏の減量、そしてリバウンドについて赤裸々に話します。

もう過去の自分とは決別する。

30を前にして、やっと決意できた情けない女の歴史です。

お役立ち情報ではなく一つの読み物として楽しんでいただければ幸いです。

 

小学生時代は普通~ちょいポチャをさまよっていた

私は中学入学までは、ごく平均的な体型の女子でした。

というのも、小学1年生から入団したスポ少に親が力を注いでおり、365日スポーツ漬けだったため。

特に食事のことも意識せずに普通に生活してきました。

そんな私の体型が大きく変わるきっかけになったのが、忘れもしない中学1年生の終わりごろのこと。

その場で動けなくなるほどの強い腹痛に見舞われ、緊急入院することになったのです。

中学 2か月の絶飲食生活 食への執着が生まれた

具体的な病名は控えさせていただきますが、それは先天的な病気でした。

先天的な病気を13年間放置した結果、膵臓や肝臓の炎症が慢性化し、急性膵炎を引き起こしたのです。

その場で手術をすればよくなる病気ですが、体が弱っていたこと、内臓の炎症がひどくてうかつに開腹手術ができないこと。

などの理由から、私はまず内臓を休ませて炎症を鎮めるために、絶飲食(飲み物も食べ物もNG)の環境で入院することになったのです。

肝臓は腫れあがり膵臓は長年の炎症で3分の1ほど溶けていたそうで、絶飲食している間は体を起こすどころか24時間強烈な腹痛と吐き気が続きました。

末期がん患者も投与する痛み止めモルヒネでも痛みがおさまらず、子供なので自分がどうなるかもわからないという不安から、精神的に追い詰められていました。

ちなみにこのときは1か月で15㎏痩せました、静脈から24時間栄養点滴を入れているのにこんなに痩せるのね、と看護師さんが驚いたように言ったのが忘れられません。

 

なんとか病状は2か月ほどで落ち着き、開腹手術に踏み切ることができました。

今もお腹には横一文字に30㎝ほどの大きな手術痕が残っており、私は人生で一度もお腹を出すビキニなどの服を着たことがありません。

 

手術から1週間、2か月ぶりに水を飲み込んだときはたった一口で激しい腹痛に見舞われましたが、何かを口にできたという幸せから涙が止まりませんでした。

その後、少しずつ食べ物に慣らしていき、退院することには何でも食べられるようになりました。

入院中に外出許可が出て、母とファミレスで食べたハンバーグの味は人生でおいしかった食事ランキング永遠の1位です。

 

結局、入院生活は3~4か月で済み、定期的に病院に通いながら自宅でリハビリをすることに。

 

もうこの時点でお気づきかと思いますが、私がデブ街道に乗ったのはこのときです。

長期間飲み物も食べ物も口にできない生活は、幼い私にとって言葉では表現できないほどの苦痛でした。

改めて自由に食べ物を食べられるようになり、私は昼も夜も夜中も、それこそお腹が張り裂けそうになるまで食べることが幸せになっていたのです。

 

クラスでの孤立が過食を悪化させた

さらに私の過食に拍車をかけたのは、クラスメイトたちの対応でした。

中学と言う多感な時期に食事はおろか水も飲めない環境に置かれたこと。

学校に戻っても死にかけた人間として、腫れ物のように先生からもクラスメイトからも扱われました。

私が入院したのは1年生の終わり。

そして学校に復帰したのはとっくにグループが出来終わっている6月頃です。

 

やせ細って青白い顔をしたキモいブスが、突然6月にクラスメイトとしてやってきた。

思春期の子供たちにとってはそれだけで迫害するには十分な理由です。

私は完全にクラスからはのけ者にされ、さらに影口を叩かれる日々が始まりました。

特に印象に残っているのが、死にかけてなんとか戻ってこれた人間にクラスの男子が「死ねばよかったのに」と遠くから声をかけてきたこと。

衝撃的でした。

おそらく男子は、先生から特別扱いされている(体調が悪く午前で早退する日が多かったです)私が疎ましかったのでしょう。

本当に死の苦しさも知らず順調に学校に通えていた人間が、よく死にかけた人間にそんな言葉を投げられるものだと私は驚きました。

「あ、人ってクズがいるんだな。」

と。

それ以来、情けないですが私はいまだに人間不信が治りません。

人が怖くて、仲良くなっても腹の中では嫌われているという思いが捨て切れないまま30目前になりました。

それと同時に親を始め、大病によってまわりに迷惑をかけ通しできたことで自己肯定感も下がりまくりです。

「自分は迷惑な存在だ、価値がないんだ」という心理が常につきまとうようになりました。

 

そんな不安を瞬間的に埋めてくれるのが、これまたおいしい食べ物なんですよね。

で、私の体重は短期間でぶくぶくと増えていき、中学を卒業するころには70㎏近くになっていたと思います。

20代前半 初の本気ダイエットで-25㎏に成功

そんな暗黒の中学時代は何とか過ぎて、高校では環境もガラリと変わり、少し落ち着いた生活ができました。

デブスながらもオタク仲間と楽しく過ごせた方だと思っています。

そんなデブ街道まっしぐらな私が、初めて本気で痩せようと思ったのは23歳ごろ。

特に理由はないのですが、このままじゃあよくないな~と思ったんだと思います、ざっくりですみません…。

 

で、このとき私が実践したのが今でいうファスティングと有酸素運動の組み合わせ。

ファスティングの詳細についてはまた別の記事にまとめる予定ですが、このときは約10か月で25㎏痩せました。

体重は50㎏台まで落ちて、Mサイズを着られる状態になったんです。

何も成し遂げられず人に迷惑をかけてきた自分が、こうして痩せられたことは大きな自信につながりました。

当時の彼氏からも褒められて、人生最初の絶頂期を味わいました。

しかし、私のそんな幸せな日々は半年程度で終わりを告げます。

痩せた矢先に見つかった子宮頸がんの兆候

ずばり見出しのとおりなのですが、私は中学時代から生理が重いタイプでした。

腹痛がひどくてバイトを休むこともしばしばありましたが、ダイエットが落ち着いたころから生理以外でも生理痛のような痛みが続き、とにかく体調不良で寝込む日が増えていったのです。

で、子宮頸がん検診のクーポンもあるからと婦人科を受診することに。

結果は子宮頸がんのリスクが高いとされる異形成があるので、すぐに再検査してほしいというものでした。

子宮頸がんは最近、ファスティングダイエットで痩せた浜田ブリトニーさんも告白していましたね。

 

結果として、現時点ではがんではなくただの異形成の段階ということでした。

その代わりに、見つかったのが子宮内膜症(子宮腺筋症)やら子宮筋腫やらの婦人科疾患のオンパレードだったんです。

今すぐ命に関わるものではないものの、心が弱い私はこんな風に思いました。

「苦労して痩せた結果がこれか。人生ってクソだな。」

痩せたのは誰のためでもなく自分の意志なのに、苦労したのに報われなかったという気持ちが私の心をむしばんでいきました。

人をろくでもないと思ったり、自分の人生を嘆いたり、何でも誰かのせいにしていますね。笑

 

ということで、仕事もままらない隊長だったため、無職になって本格的なホルモン治療をスタート。

低用量ピルに始まり、ホルモン注射、生理を止める注射など、いろいろな治療を受けました。

肌は荒れるしむくみはひどい、太りやすいのにストレスでドカ食いして、面白いように体重は元に戻っていきました。

その結果、できあがったのが今の私です。

体重80㎏オーバー、肌も荒れまくり、手足はむくみも合わせてパンパン。

仕事もなく無気力で顔色も悪ければ、常に後ろ向きな思考のデブスの完成です。

奇跡的な妊娠 娘のためにも変わろうと思えた

 

さて、そんな絶望の淵にいた私に改めて奇跡が起こります。

こちらも見出しのとおり娘を身ごもったことです。

医者からは婦人科疾患の影響で、妊娠する確率はかなり低いと告げられていました。

そんな私がひょんなことから妊娠。

ダイエットと関係がないので説明は省きますが、20代後半に無事一人娘を授かることができました。

 

正直言って、「これは神様が私に変わる最後のチャンスを与えてくれた」と思いました。

子供は親の道具じゃないのに、なんて自己中な考え方なんでしょうか…。

でも当時の私は本気で天啓だと思っていました。

それくらい気持ちにゆとりがなく人生に失望していたのでしょう。

産後1年間はかなり肉体的につらく、今度は買い物依存症に足を踏み入れてしまいましたが、今はそちらも落ち着いています。

で、娘も成長して少しだけゆとりが出た今、改めて思ったのが「このままの体ではいけない」ということ。

見た目はともかく、娘が成人するまで無事に生きられるように健康な体を目指そうと思いました。

実はダイエットは1年前からゆるゆる続けていて、産後のピーク時よりも-10㎏ほど減っています。

記録をつけるのは今日からですが、ここから健康的な体重に向かって減量をしていこうと思っています。

ろくでなしが少しマシな人間になれるよう頑張ることにした

長くなりましたが、私が最後のダイエットにしようと思ったのはこうした暗黒の学生時代の自分と決別し、前を向いて生きていきたいためです。

きれいになるというよりも、まずは健康になること。

健康的な生活のためにまずは食事コントロールから始めることにしました。

多少マシな見た目になったら、後ろ向きな性格も少しは前に向けそうな気がします。

まだ挑戦を始めて間もないですが、少しでもマシな人間になれるようがんばっていこうと思います!



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